周りをよく見ていて、いつも優しくて、それでいて言うべきことはきちんと言ってくれる。羽京くんって本当にできた人。
折に触れて私はそういうことを羽京くんに伝えるのだけれど、彼は「そうでもないよ」と謙遜するばかりた。

「何食べたら羽京くんみたいなできた大人になれるのかな」
「またそういうこと言ってる」

案の定苦笑してる羽京くんは、今日も私がうっかりしたミスをカバーしてくれた。彼には頭が上がらない。

「ううん、なんていうか……ちゃんと相応しくありたい、といいますか」

羽京くんの唯一見直した方が良いところって、女を見る目じゃないかと思う。でも、正直に口にしてしまったら彼は私より傷付いてしまいそうだ。
変えるのなら他人より自分。それに、私もこういう理由で動けるんだって、前より少しだけ自分のことを「良いんじゃない?」と思えるようになったのも事実だから。

「つまり羽京くんがいるから頑張れるってことです、私」

大きな二つの目が一瞬見開かれて、やんわりと細められる瞬間が好きだ。

「そっか。……ありがとう」

遠慮がちに頬に触れてくる指先がもどかしくて、自分から掴んでしまった。汗をかいたらどうしようと思っても、今さら遅い。

「でも、最近はちょっと頑張り過ぎ」

連日不注意が続いてるのを、羽京くんが見逃してくれるはずもなかった。どれだけ頑張ったって、空回って周りの足を引っ張ったら、それはただの迷惑だ。

「ええと、だからたまには息抜きをしようかなって思ったんだけど」
「息抜き?」
「うん。名前ちゃんが良かったら、今からデートでもしませんか」

しばらく返事ができなかった。
ああ、やっぱり違ったかな。ゲンから色々と聞いたんだけど、らしくなかったかもしれない。羽京くんの照れ隠しのようなぼやきは耳には入ってくるけれど、飲み込むのにはちょっと時間がかかってしまった。
普段から優しくてみんなに頼られてる羽京くんが私だけのために時間を使ってくれるなんて、夢みたいだ。

「私なんかで良ければ……!」
「なんかって、名前ちゃんにしか言わないよ。それに、」

言葉を区切って、一呼吸。
私の方が彼の手を掴んでいたはずなのに、いつの間にか彼の手が私の手をすっぽりと覆っていた。

「僕の方がずっとこうしたかった。君の為だなんて言いながらね」

だから私が思うほど自分はできた人間でもないのだと彼は相変わらず笑っている。笑ってるのになんだかいつもと違う。羽京くんといるとなんとなく安心して心穏やかでいられた。でも今はどうだろう。胸に手を当てなくたって分かる。私、ドキドキしてるんだ、今、すごく。

「もちろん息抜きも大事だけど、もう少し恋人らしいことできたらなって思ってる」
「えっと……それはつまり……」
「あはは、そんな身構えないでよ。ゆっくりお互いのこともっと知れたら良いなってこと」
「あ……や、羽京くんが男の子みたいだったから……。びっくりしちゃって」

いったい何を言ってるんだろう。羽京くんはいつだって優しい大人の男の人じゃないか。
伏せられていた瞳が再び私を映す。さっきから何度も何度も、私は彼に動けなくさせられている。

「…………男だよ」
「う、ん」

羽京くんに相応しい人になりたい。その気持ちは嘘なんかじゃない。でも、もうひとつの本当の気持ちは知られるのが怖くてずっと隠して来た。

「本当はもうちょっと後にしようって思ってたんだけど、ごめん。……良いかな」

返事のかわりに、目を閉じた。
私、羽京くんに愛してもらえるたった一人の女の子になりたかったんだ。



2021.5.14


back
- ナノ -